学校を休む勇気

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こんにちは。

宇佐美です。

 

勇気シリーズ第2弾ということで←またシリーズかい!

学校を休む勇気。

我が息子、本日、学校を休んでいる。

 

高校生になってから楽しそうに通っていたのだが、昨日の朝の息子の様子を見て、ちょっと疲れてきたかな、と思っていた。息子のエネルギーが弱まっていたのを感じたのだ。

このあたり、すぐに分かってしまうのって、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺ってすごい!←自画自賛かい!

 

今日の朝は、普通に食事を摂り、普通に歯磨きをし、さて着替えて出発というところで息子が固まった。

つまり、着替えをしようとせず、出発時間になっても動かなくなったのだ。

家内も俺も、こういう息子の態度には慣れているので、これは休みパターンかも、と考え始めた。

家内が「今日はどうするの?」と支配口調で問いかけるも、、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黙秘!

 

以前の俺はこの黙秘に対してイライラし、自分のことなんだから自分でどっちかに決めろ!と怒ったこともあったのだが、考えてみれば、黙っているのも息子の自由である。

そして、息子の中では「休む」という選択肢を既に取っていることは明白なのだ。

にもかかわらず、はっきり返答しろ、とイライラするのは、親のほうのモヤモヤした気分を息子の言葉で解消したいというエゴであろう。

 

敏感な子供ほど学校という環境の中でエネルギーを奪われることも多い。エネルギーが枯渇したのであれば、ゆっくり休むという選択肢は当然なのだ。

ところが、学校へ登校するのが当たり前、という価値観の下、登校するしないで一喜一憂する大人たちが多い。そんな大人たちを見ていれば、当然に、子供は、登校しないことに罪悪感を覚えてしまう。

 

一度休むと怠け癖がつく、ということも常識のように言われているが、連続して休んでしまうのは、どこかにエネルギーを流してしまう原因があって、エネルギーの枯渇が常態となってしまっているのである。エネルギーが枯渇している状態を脱しない限り、動き出すことは出来ないのであるから、この場合は、原因を取り除くのが先決だ。特にこれといった原因がないエネルギーの枯渇は、ゆっくり眠ることで回復する。

 

とすれば、子供たちは、学校を休む勇気を持つことで本来のエネルギーを取り戻せるのだ。

だから罪悪感を持つ必要はない。

どうどうと、こう言えばいい、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は休んで一日中パソコンしよう、って。

 

息子のことを考えていると、俺自身が考えさせられる。

俺に必要なのは、、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事を休む勇気!←あんたもともと仕事してないじゃん!

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ABOUTこの記事をかいた人

宇佐美 修

プログラミングスクール ゼロワンスタジオを開校。現代の管理教育の中で如何にして自分を見つけるかをテーマにプログラミングを教える。その傍、「ご機嫌な世界」を体験できるとの確信を持つ。現在、プログラミング講師。