正直に自分を表現ことで軽く生きれる意味。

自分の感じていること、思っていることを表現することができるというのは、物質次元に関わらず、どんな次元においても楽しいことですし、ご機嫌になれることです。

それを、今までの社会のマインドで学んだ価値観から、自由に表現できなかったり、抵抗を感じたり、偽ったりすること自体がおかしいということに気がついてみてください。

相手の反応を気にして、自分の言葉や感情をコントロールするって、ものすごくストレスなんです。

このストレスを感じている間は、軽くご機嫌に生きることは不可能であり、軽い世界とは無縁な毎日になります。

 

正直に自分のことを表現すると軽く生きれる理由。

日々自分の思っていることを素直に表現していれば、不満を感じることも、我慢を感じることもありません。

それなのに、なぜ、自由に表現することができないのか。

なぜ、相手のことを考えながら、自分の言いたいことも言えないのか。

 

そこには、今までの重い社会ならではの価値観が刷り込まれている結果があります。

 

周りがいて自分が生かされているという価値観の嘘。

まずは、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という言葉にあるように、自分ではなく周りを優先して生きることが「素晴らしいこと」だと言われ続けています。

これによって、楽しく生きるためには、「自分ではなく周りを優先すること」が必要だと思い込ませているのです。

 

ただ、もしその考え方が、人生の幸せであるならば、もうすでにたくさんの人が幸せで楽しく暮らしていて、悩みやストレスを抱えることはないはずです。

でも、そうではないということは、「人のために生きること」「周りを優先すること」では、人生を楽しく生きることはできないということになります。

 

そして、「人は一人では生きていけない」と言われていますが、果たしてそうでしょうか?ということを考えてみてください。

確かに、「できないこと」や「やりたくないこと」はあると思いますが、生命の危機であるならば、「できないこと」や「やりたくない」と考えている暇ありませんよね。

 

例えば、食べ物を作ることが得意ではないからと言って、お腹が空きすぎて死にそうになれば、なんとかして食べ物を調達するはずです。

 

この時に周りに人がいれば、食べ物を分けてもらうことができます。

人ではなくても、自然から分けてもらうこともできます。

そして、それらをどうやって調達すればいいのかを考えるのは、自分自身なのです。

 

死にそうになっているから、それを見かねて誰かがくれることもあると思いますが、その現実自体も自分で作っていることになります。

 

ということは、「誰かのために」「みんなのために」というところに基準をではなく、それぞれが自分のために生きることを選んでいれば、それぞれがそれぞれの楽しい現実を体験することになります。

ご機嫌で楽しい気分でいれば、誰かが困った時に自分の余裕な部分を提供することができるのです。

 

誰かのためであれば、いつもエネルギーが枯渇し、不足していることが当たり前なので「誰かが困った時に自分の余裕な部分を提供すること」はできません。

余裕がないので、嫌々ながらも「みんなのためだから」という理由で、提供しなければいけなくなります。

これも、原因を突き詰めていくと「周りの目」なんですが、そこを基準に生きていると、間違いなくエネルギーが枯渇し、エネルギーバンパイアになるんです。

 

エネルギーバンパイアである自分は、重いエネルギーを出しています。

だから、「この前あげたじゃないか」という思考になったり、「自分は周りのためにしているのに、なんでアナタはしないのか」という思考になります。

そして、素直な表現をしようと、それらを相手に伝えるから喧嘩になり、「なんで素直な表現をしているのに、うまくいかないんだ」ということになってしまうのです。

 

そりゃそうですよね、「重いエネルギーになっている状態」を素直に表現しているので、そのエネルギーから生まれる現実は重くなります。

重いから喧嘩になったり、不仲になるようなことになるんです。

 

軽いという状態を知って、素直に表現するから、現実が軽くなります。

素直に自分を表現する前に、自分が軽くご機嫌な状態とはどういう状態なのかを知る必要があります。

それがわからないまま、小手先の方法でなんとかしようと思っても、現実は変わりません。

 

例えば、言葉だけを変えて相手に伝えることも、小手先の方法になります。

喧嘩にならないような言葉にしようと思っても、そもそも共振しているエネルギーの前提が「喧嘩」なので、喧嘩になるんです。

 

言葉を変えて、自分の素直な表現を曲げてまで、喧嘩しないようにしても喧嘩が起こってしまうんです。

それって、全く意味がないことですよね。

 

自分の言いたいことをオブラートに包むということは、我慢のエネルギーにもなります。

我慢のエネルギーと喧嘩のエネルギーのダブルパンチを自分で作り出すという、なんともドMなことをしているんです。

 

言葉は、自分の素直な表現をしているように見えて、実は深いところでエネルギーから生まれています。

例えば、「バカ」という言葉がありますが、この言葉だけを見ると侮辱しているだけになりますが、ここにエネルギーが乗ると意味が変わってきます。

 

単純に喧嘩をしている最中の「バカ!」と、恋人同士がイチャイチャしている時の「バカ!」は、エネルギーが違いますよね。

イメージしてもらえればわかると思います。

これが、波動エネルギーの違いを言葉で表現している時なのです。

 

逆に言えば、どんな優しいと言われている言葉に変えたとしても、そこにあるエネルギーが「喧嘩」のような対立の重いエネルギーであれば、それが相手に伝わってしまうので、喧嘩が起こるということになります。

 

自分の素直な表現という言葉の奥にあるエネルギーレベルことを理解しない限り、素直な表現をしても人間関係がうまくいくことはありません。

 

言葉が汚くても、伝わるときは伝わります。

言葉自体は、あくまで共通理解をするためのツールです。

そこにどういうエネルギーが乗っているのかということが重要なのです。

 

どんなに口下手でも、語彙力がなくても、伝わるときは伝わります。

説明する時に支離滅裂でも、伝わるときは伝わるんです。

 

それを、綺麗にわかりやすくしないといけないと思うから、伝わりにくくなるんです。

(ちなみに、わかりやすくしないといけないという思考も、比較の思考ですので重くなる思考です。)

そして、「これを伝えたらダメかな?」「これは言わないほうがいいかな?」と思うから、言葉が歪みますし、「察してほしい」とか「わかって欲しい」というような、相手に求める思考になります。

これらもすべて、重い思考エネルギーなので、重い現実を引き寄せることになります。

 

だから、現実が重いままで変わらないんです。

 

逆に言えば、軽くご機嫌で生きている時の自分のエネルギーがわかると、そのエネルギーで表現することは「軽く楽しい現実になる」ということになります。

だから、波動エネルギーが軽くなったら、楽に生きることができるんです。

 

同じよう出来事が起こっても、軽いエネルギーに共振している時に浮かぶ言葉と、重いエネルギーに共振している時に浮かぶことが変わるんです。

言葉や思考が変わると、態度も変わります。

それらを相手が受け取るので、相手の反応も自然と変わります。

 

その結果、自分が最初に思うストレスのない表現を、躊躇なくできるようになっていきます。

だから、人間関係に悩むことがないんです。

仮に悩んだとしても、軽い時の自分のエネルギーを作って、そこに共振した上で浮かぶアイデアを実行すれば、楽しい現実になります。

 

そこまで出てきた上で、自分の思うことを素直に表現していれば、自然と自分が楽しいと思える時間が増えていき、その結果、周りもなんだか楽しそうだなと思える余裕が生まれていきます。

 

まとめ

自分を偽って楽しいのであれば、ご機嫌でストレスがないのであれば、それも1つの生き方だと思います。

それが嫌なのであれば、自分の共振しているエネルギー自体を変えてみてください。

 

エネルギーという根元を変えることができると、自然と変化していきます。

自然と変化するというのは、変化を実感することがないくらいに変化するということです。

 

これって、ダイエットに例えると、特別なことを何もしていないのに痩せていっているような感じです。

楽だと思いませんか?笑

 

波動エネルギーがわかると、「あ、変わっている」と後からわかることが増えて、その発見がまた楽しいものになりますよ。

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